「個人と組織の共生」 議論

[記事公開日]2018/02/09
[最終更新日]2018/04/18

このページでは「働き方改革」を理解するうえで重要な「個人と組織の共生」という考え方に関しての議論の一部抜粋してご紹介します。

 

日本の社会環境の変化

時系列を少し整理しておくと、個人と組織の共生が特に言われるようになったのは、2008年から2009年のリーマンショックの後くらいからです。

その前から、そんな議論はあったようなんだけど、リーマンで経済がダメージ受けて雇用環境が悪化する中で、メンタルダウンの増加が社会問題になって来た頃からです。

そんな問題を受けて、変化する社会環境の中で、これからの雇用関係はどうあるべきかという議論から、ただ雇われて賃金をもらうのではなく、個人も主体的に自らのキャリアを考えた方がいいという考え方が広がりを見せてきました。

社労士
その後、決定的な影響を受けたのは、2015年の第3次安倍内閣の新三本の矢で打ち出された、一億総活躍社会の実現です。

その目玉施策として、働き方改革が打ち出されたのです。

そして、2016年改正職業能力開発促進法の施行の際に、はっきりと法の中でも個人の自律が打ち出されたのです。

Aさん

あらためて個人と組織の共生について考えてみましたが、やはり目的は「個人と組織の成長と幸福のため」なんじゃないかなと思います。

いろいろ考えたけどこれ以外に浮かばないし、考えれば考えるほど、そもそも視点が合ってるのかさえ不安になってきました。

社労士

戦後の焼け野原からの高度経済成長があって、そのあとバブル経済の崩壊まで、多少の経済の波はあっても日本経済そのものが右肩上がりの成長カーブを描いてた時代だから、あんまりこんなことを考える必要がなかったんだと思う。

家電の三種の神器と言われる白物家電の発明や発展があって、庶民にとっては夢のまた夢だった車が誰もがマイカーを持つのが普通になったり、夢のマイホームと言われるように、頑張って働くことで日本全体が豊かになって、その中で一人ひとりの暮らしも豊かになっていく。

豊かな人生を過ごしていくのに、社会全体に大きな共通の夢や希望があり、なんとなくみんなで発展してるような連帯感があったんだと思う。

このメンバーの中で実際に社会人としてバブル経済を経験した人は少ないと思うから、なかなかその実感は持てないかもしれないけど、やっぱり社会全体が明るかったと思う。

ところが誰もがそんな幸せを感じることができた社会がバブル崩壊によって一変する事になったんだよ。

Aさん

どうして、バブル崩壊によって幸せを感じる社会が一変してしまったんですか?

社労士

企業は生き残りをかけてリストラという名のもとに大量に首切りを行い、その代わりに派遣という就労形態を巧みに利用して派遣で働く就労者を雇用の調整弁として企業都合で雇用調整するようになってしまったんだね。

そうなってくると労使の信頼関係は崩れ、これまでの和を大切にする日本の良さが一気に陰りを見せてくるようになり、労使トラブルが増え、働くことそのものに対する捉え方も多様化し始めるんだね。

そして、日本の経済はバブルを乗り越え、リーマンを乗り越えなんとか踏ん張ってる状況の中で、経済の発展そのものが成熟し、更に人口の減少という局面を迎えてこれ以上の成長カーブを描くのが難しい状況になってきたんだね。

そんな中で、企業経営に目を向けると、これまでの経営側主導の雇用関係ではとてもじゃないけど社員を引っ張りきれなくなってるし、また社員側もとにかく真面目に黙って言われた事してれば、あとは会社が保証してくれるという時代でもなくなってきて、一人ひとりの自律と協働が求められるようになってきたということだね。

 

経営者は個人側?組織側?

経営者は組織側の立場と考えている人も多いと思いますが、本当にそうなのでしょうか?

経営者が組織側なのか、個人側なのかを深く考えることで、組織というものがどのようなものなのかが見えてきます。

社労士

みんなに2つ質問させて欲しいの。

1つ目は、「組織って何ですか?」

2つ目は、「個人と組織の共生を考える時に、経営者はどっち側?」

個人側?それとも組織側?

これを整理してから、僕の考える目的を書くから、みんなの意見教えてね

Aさん

組織について教科書的に言うと、共通の目的を持った人達が、お互いにコミュニケーションを取りながら協力し合って活動する集団。

経営者は組織側であり個人側であり、全てにおいてバランス取れる事が必要だと思います。

社労士

うふふ。じゃあ、Bさんに聞くね。

社員はどうなの?個人側だけ?組織側の要素はないの?笑

Bさん

組織側のモノの見方が出来る人が多い方が組織的には発展出来ると思います。

Aさん

部活って組織だとキャプテンは役割だよね?

だと経営者も役割なのかな?経営は会社代表がやってるようにみえてるけど舵取りしてるだけで

本当は社員一人一人が経営してるっていうのが私の感覚かな~

Bさん

経営者は必ずしもそれが求められなくてもいいと思います。

経営者は組織を引っ張っていく上で組織側でなきゃいけないし、個人の言い分を一人一人聞いてたらキリがないし聞く必要もないと思うし。

その役目を任せられるブレーンをどれだけ持てるかが経営者の力量だと思います。でも経営者はバランス感覚があった方が組織は幸せになるのかなと。

社労士

経営者は組織を引っ張っていく上で、組織側でないといけない。

ここが一番の論点になるよ。

さて、経営者は組織を引っ張っていく上で組織側でないといけない。

ここが今の議論の最大の論点だね。

ここを整えるには、

「組織とは?」

この定義がしっかりと定まっていないと議論がブレてしまうので、ここの定義をしっかり腹落ちさせないといけないんだ。

これを考えるにあたって、シャインの3次元モデルを思い出して。

 

シャインの3次元モデルとは

シャインの3次元モデルとは、組織内でのキャリアが3つの方向性によって形成されるという考えです。

一つめは、垂直方向の移動。

これは役職が上がったり下がったりする移動です。

例えば、係長から課長に昇格したり、部長から課長に降格するなどの垂直方向の移動です。

二つめは、水平方向の移動。

これは職能の移動です。

例えば、総務部から営業部へ異動するなど、異なる職能部門への異動するようなケースが水平方向の移動です。

三つめは組織の中心に向かう移動。

これは組織の中で重要な立場になることで、部内者化または中心性ともいわれます。

社労士
まずは、組織について考えるね。

「組織とは固有の目的を果たすために成員間の役割が分化、統合されている集団」これが組織論では教科書的な定義となります。

これを細かく見ていくと、固有の目的とは、その組織がなぜ存在するのか、その意味付けになるので、一般的には経営理念のことを指します。

成員とは簡単に考えると、一人ひとりの個人という事です。社員はもちろんのこと、経営者など役員も成員です。

そして分化とは、それぞれの置かれているポジションに応じて役割と責任が違うということです。ちなみに役割とは何をする人か、責任とはどこまでする人かですね。

だから与えられた役割は一応やってるんだけど、責任を果たしていないという状況もあり得るという事だね。

統合はイメージしやすいね。

それぞれに与えられた役割と責任を1つに集約することですね。

まさにシャインの3次元モデルの三角錐を思い出すとこの辺りはイメージしやすいね。

三角錐の頂点に来るのは誰かな? もうこれで分かるよね。

Bさん
三角錐の頂点に来るのは、会社の経営者ですね。
社労士

その通り!

社員の皆さんそれぞれに役割と責任があるように、経営者というポジションの役割と責任があるということです。

そして、最後に集団なんだけど、集団だから当然複数の人が集まり参加してる状態なんだけど、そこには空間的、目的的、心理的な共有が必要なんだね。

こうやって考えると、組織って組織そのものに生命がある訳ではなく、成員それぞれの想いが1つに重なりあって、意思を持つフィールド(場所)になるんだと思うんです。

まとめると、組織が成立する要件として3つあって、

1、共通の目的と明確な目標

2、一人ひとりが貢献する意欲

3、メンバー間のコミュニケーション

これは、経済学者のバーナードがまとめた組織論そのものになります。

次に経営者はどっち側?なんですが、経営者も組織の成員の1人と考えると、実は経営者も役割と責任が違うだけで個人の1人なんだよね。

だけど、その役割の大きな違いから、労使という関係になると、社員は個人側、経営者は組織側と労使の関係になった途端に、その間には超えにくい壁ができちゃったりするんですよね。

これが経営者は孤独と言われる所以になってるところなんだと思います。

でも、経営者も組織の構成メンバーの1人だと考えると、本当に共生しないといけないのは、「個人と組織」ではなくて、「個人(自分)と個人(共に働く仲間)との共生」がしっくり来る気がします。

そして、個人(自分)と個人(共に働く仲間)が共生することで、組織というフィールドが大きくもしくは強くなると思うのです。

更に言うなら、組織は個人と共生するというより、社会と共生しないといけないと思うのです。

なぜなら、社会と共生できない組織は自然と淘汰されるからです。

「不要なものは淘汰される」これは人間の力ではどうしようもない自然界の普遍的な法則です。だから、組織には継続性(必要とされ続ける)も重要なんです。

ここまでをまとめると、

個人(自分)と個人(共に働く仲間)が共生して組織を作る。そして、その組織は社会と共生して豊かな未来を創る。

というのが僕の考える共生になります。

さあ、ここまで共生について考えて来たところで、最終結論です。

「個人と組織の共生」その目的は、

一人ひとりの知恵と力を合わせて、組織としての目的(経営理念)を果たすため

これが僕の考える「個人と組織の共生」の目的になります。

Aさん

う~ん、ちょっと正直まだ理解しきれてなくて・・

ちょっと頭まとめるために書くけどそもそも私の感覚だと「組織」とは「手段」に近いかな?

 

組織は「存在」か「機能」か?

「組織は『存在』なのか『機能』なのか」と聞かれて、すぐにピンとくる人は少ないと思います。

組織を考える上で、「存在」なのか「機能」なのかを意識することは非常に重要です。

それでは、組織とは存在なのか機能なのかを理解するための議論をみてみましょう。

社労士

論点は、組織を作るのは手段なのか?だね。

これはかなり重要論点だと思う。手段ということは、言葉の意味としては、何かを達成する為の方法または手立てという事になるね

そう考えると、何かの目的を達成する為なら別に他の方法でも良いということになるけど、それはそれでも大丈夫?

Aさんが、いま混乱に陥っている部分を解消しようと思ったら、ここを解決しないといけないと思うの。

論点は「組織は、存在なのか?機能なのか?」

違い分かります?イメージしやすいように2つのパターンで説明するね。

ちなみにどちらのパターンにおいても、共通しているのは組織という形態を取るか、取らないかその判断をすることは手段(方法)の選択でしかないということです。

パターン1

目的を達成する為に、手段として1人ではなく組織という形態を選択し、AちゃんとBちゃんと一緒に目的を達成した。

 

パターン2

目的を達成する為に、手段として1人ではなく組織という形態を選択し、AちゃんとBちゃんを利用し目的を達成した。

 

パターン1とパターン2で主体者の違い分かった?

まだ分かりにくいかな?じゃあ、ちょっとそれぞれ言葉を補足するね。

 

パターン1

目的を達成する為に、手段として1人ではなく組織という形態(の存在)を選択し、AちゃんとBちゃんと一緒に(組織としての)目的を達成した。

 

パターン2

目的を達成する為に、手段として1人ではなく組織という形態を選択し、AちゃんとBちゃん(という機能)を利用し(個人の)目的を達成した。

 

目的達成の主体者が誰か分かった?パターン1は組織だし、パターン2は個人だよね。

組織が機能ではなく、メンバー全員の共通の想いを実現する存在でなければならない理由がここにあるんだよ。

機能だと組織は主体者になれない、あくまでも主体者はその機能を利用する個人になってしまう、だけど存在だと組織は主体者になれる。

そして僕はその存在(組織)に経営者という象徴を立てるのではなく、同じ想いを持った仲間が集まる場所(または器でもいいよ)として捉えているんだ。

だから、経営者は組織側じゃなくて、あくまでも組織の一員であり、成員(個人側)なんだよ。